よろく

何かしらの余録

第九聴き比べ(その1)

1.はじめに

先日、あるところでベートーヴェンの交響曲9番がかかっていて、ついつい聴いていた。いくつか特徴のある演奏だった(割とブーミーなティンパニ、硬い金管の音、4楽章のファンファーレのトランペット改変など)が、誰・どのオケの演奏か、これまでに聴いたことがあるのか判然としなかった。はて、CDやデータ(最近はデータで買ってばかり)を集めていて、聴いていたはずなのだが、聴いている気になっていただけだったのではないか。そう思って、持っているものを全てDAPに放り込んで聴き比べてみることにした。

 

聞き比べる順は特に決めていないが、同じ指揮者で複数の録音があることも多いので、指揮者ごとにまとめて聴いてみることにした。なお、聴き比べのお供はスコアと、ハインリヒ・シェンカー(西田紘子・沼口隆〔訳〕)『ベートーヴェンの第9交響曲ー分析・演奏・文献』(音楽之友社、2010)〔原著1912年〕*1

ベートーヴェンの第9交響曲 分析・演奏・文献

ベートーヴェンの第9交響曲 分析・演奏・文献

 

 

2.カラヤン

2.1序

ベタではあるが、まずはカラヤンから。個人的にはとりたててカラヤンが好きなわけではない*2。ただ、世の中で最も有名なものの1つではあろうし、録音もたくさんあるのでここから始めるのも悪くなかろう。

下で述べるもののほかにも私が知っているだけで、3つの録音がある。特に1958年のNYP盤は聴いてみたいので、近々入手したい。

  • 1947年:Herbert Von Karajan, Wiener Philharmoniker & Wiener Singverein. Elisabeth Schwarzkopf, Elisabeth Höngen, Julius Patzak & Hans Hotter
  • 1954年:Herbert von Karajan, Orchestra Sinfonica Rai Roma. Teresa Stich Randall, Hilde Rössel-Majdan, Waldemar Kmentt & Gottlob Frick
  • 1958年:Herbert von Karajan, New York Philharmonic & Westminster Choir. Leontyne Price, Maureen Forrester, Leopold Simoneau & Norman Scott.

2.2聴き比べレビュー

1955年:Herbert von Karajan,  Vienna Symphony Orchestra & Wiener Singverein. Lisa Della Casa, Hilde Rössel-Majdan, Waldemar Kmentt & Otto Edelmann

モノラルにしては録音は割とよい。ノイズも乗っているが、聴いているうちに意外と気にならなくなった。演奏面では、3楽章が過剰に耽美的でもなく、テンポも遅すぎないがきちんと歌っている良いものであった。4楽章の器楽のみの部分の盛り上がり具合がよい。声楽が入るところでは、ソロは近いけど合唱が妙に遠く聞える。

1955年:Herbert von Karajan, Philharmonia Orchestra & Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde. Elisabeth Schwarzkopf, Marga Hoffgen, Ernst Haefliger & Otto Edelmann

 リマスタリングされて24bit/96kHzになった全集。第9はステレオのexperimental recording版とモノラル版の両方が入っていた。モノラルで聴いたら「お、割とよい」と思ったのだが、ステレオで聴くと「あれ?なんだか微妙だな」と感じたので、やっぱりexperimentalだった模様。テンポは小気味よく、若い頃のカラヤンらしいのだが、さほど面白さはない。この路線なら1962年のベルリンフィル盤の方が録音も含めて良いのではないだろうか。

1962年:Herbert von Karajan, Berliner Philharmoniker & Wiener Singverein. Gundula Janowitz, Hilde Rössel-Majdan, Waldemar Kmentt & Walter Berry.

こちらもリマスタリングされて24bit/96kHzになった全集より。第九はCDも持っていたけど、音質はリマスタリング後の方がよい。ただし、ちょっと高音強めでシャリっとしている。演奏面では、全体的に激しさと勢いを感じる(カラヤンのレコーディングで破綻しないギリギリかもしれない)。特に1楽章が嵐のようで良い。4楽章の声楽が入るまでは割とバランスがよい。

1976年:Herbert von Karajan, Berliner Philharmoniker & Wiener Singverein. Anna Tomowa-Sintow, Agnes Baltsa, Peter Schreier & José van Dam.

録音はまあまあ。演奏はかなり整っていて、逆にいえば一番人工的な感じのする録音。ある意味、カラヤンがレコーディングで何を目指しているのか分かるような気がする。4楽章のトルコ風行進曲の部分の2番トランペットが妙に柔らかい。なぜに。

1979年:Herbert von Karajan, Berliner Philharmoniker & Wiener Singverein. Anna Tomowa-Sintow; Ruza Baldani; Peter Schreier & José van Dam. 

録音とホールがあまりよくない(なぜか重低音だけはいい感じで入っている)。演奏としてはレコーディングと異なる緊張感とパワーのあるものになっていて、ズレそうになるスリルも含めてなかなか楽しめる。4楽章の器楽部分のトランペットの主旋律がとてもきれいに目立っている。このあたりのバランスもレコーディングと生演奏(とはいっても修正なしではないかもしれないが)で異なるのだろう。日本公演の録音はもう1つあるみたいだが未確認。

1983年:Herbert von Karajan, Berliner Philharmoniker & Wiener Singverein. Janet Perry, Helmut Froschauer, Vinson Cole, Agnes Baltsa, José van Dam.

さすがに録音がキレイで、古いものから順に聴くと技術の進化を感じる。小学生くらいの頃に初めて買った第九のCDと同じ演奏。聞き慣れているせいか、これが割と標準になっている。激しくて破綻するところも、無理もない演奏。ただし、この時期の(というかごく若い頃以外おおむね?)カラヤンらしい雑さはみられる*3。1楽章は62年のものくらい激しくてもいいような気がして、やや物足りない。3楽章の中盤のトランペット・ホルン、ffになるところが明確でかっこいい。4楽章器楽部分の最初のコントラバス・チェロは結構速い。器楽部分の最も盛り上がる部分は、トランペットと他の楽器のバランスも含めてこれが一番よいかもしれない。どういうわけか、Seid um schulgenの部分のトランペットが緩い音に。

2.3 総評

こうして聴き比べると(他の指揮者のも既に聴いている)、いくつかのことが分かった。

第1に、カラヤンはあまり交通整理をしておらず、各パート(というよりも、同じ動きをしているパートの集まり)の音がどかっと入っている(極端に抑えられているものがない)。ゴチャゴチャした感じに聞こえることもあるが、色々と整理されすぎた上澄みのような第九よりは良いかもしれない。

第2に、第1点と関連して、パート間のバランスや強調するポイントなどは、録音間であまり共通していない。

第3に、テンポは若い頃の方が速いが後年になっても極端に遅くなるわけではない。

第4に、カラヤン微妙だと思っていたが、見直した(聴き直した?なんか意味が違うな)。第1・第2点が独特の激しさやダイナミクスを生み出しており、第九くらいではギリギリ破綻しない演奏が可能なんだなあと感じたところ。

最後に、どれが一番良かったかというと、全体的としては1962年のベルリン・フィルとの録音だと思っている。割とうまくキマったトランペットも含め、1983年のものも良いと思うのだが、全体的にやや緩さを感じる。1962年の方が一気呵成とでもいうべき勢いを感じるのである。

*1:翻訳者らの素晴らしい解説もあり、この本だけで何か記事を書きたいくらいに面白かった。

*2:むしろブルックナーとかでは雑だなあと。それはそれで魅力もあるが

*3:例えば、1楽章の終わり(a tempoで音量が落ちるすぐ前くらい)でズレそうになったり、2楽章のティンパニの八分音符がぼやけたり