SP1000Mのレビューその3。今回は音質について。
その1・その2はこちら。
7.音質、聴いた印象
トータルで少なくとも100時間、色々なフォーマットの音源を聴いてみた。主に使用したのはAKG N5005(付属の2.5mmバランスケーブル)で、特記しない限り、これを使った感想である。
7.1全体的な印象
セットアップ後、初めて聴いてみた際に感じたのは、すさまじい音が鳴るというよりも、音の周りのフワッとした空気感まで繊細に伝わる優しい音という感じであった。メロディやハーモニーを構成する音はもちろん、その周囲の音楽とそうでないものの境界とでもいおうか。聴いていたのがBCJのクリスマスアルバム*1という合唱だったのも影響しているかもしれない。Ivan Fischerのマーラー2番を聴いてみると、5楽章の冒頭の騒がしい部分が一段落して、次の派手などんちゃん騒ぎ(怒りの日のメロディーでクライマックスを迎える)に移る途中の静かな部分で、低弦やドラ、大太鼓の反響が音としてだけでなく、実感をもった感覚として伝わってくる。
いずれにせよ、迫力はもちろん出せるのだが、始終迫力のある音がガンガン伝わってくるというよりも、優しい音がフワッと鳴る感じである。感覚の話なので言葉で伝えるのは難しいが、ふと気づいた場面を挙げると、雑踏などの周囲の音がある程度ある中で聴いていると、KANNでは音量が大きくなる場面で周りの音が耳に入らないのに対して、SP1000Mでは、周りの音に溶け込んで聞こえる*2。この意味で、「聴き疲れしない」「自然な」音というのは正しいだろう。ただし、ありきたりな表現(だからこそ伝わる部分はあるが)で、ほかの「聴き疲れしない」よく見かけるモニターライクという評価も、味付けが薄いという点では間違っていないだろうが、この優しさ・繊細さを捉えた表現ではないようにも思える。
7.2音の鳴り方と音場
KANNなどのプレーヤーは、割と耳の近くで迫力のある音をある程度の解像度で鳴らすという感じ(SE100もそうらしいが聴いたことはない)なのに対して、SP1000Mはもっと広い空間を使い、余裕をもって鳴らすという感じがする。そのため、前者のような環境に慣れた人にとっては、音量を上げないと、キレイな音ではあるが遠くから聞こえるという感覚になるかもしれない。もちろん、迫力が出るべき場面ではきちんとドカンとやってくれるが、これも耳の近くというより、周囲を含め全体が、どん、と鳴る感じである。
ただ、このくらいの価格帯のプレーヤーは、実は音量をあまり上げなていない状態の聞こえ方が大きく違うように思っている。たとえていうならば、音量を半分にしても、きちんと半分のサイズでダイナミクスが描かれ、音楽に浸れる。他方、近くで鳴るタイプのものは音量を半分にするとスケールは半分未満になってしまう。
音場については、左右方向は結構広い(感覚的には180度+α)が、壮大というほどでもなく(SP1000の方が広いのかもしれない)、他方で、前後方向の広さに驚く。在る楽器がセンターより少し左から聞こえるというだけでなく、左の指揮者より少し奥といった感じで聞こえる場所がつかめる。
7.3「解像度」
聞こえてくる音は極めてクリアで、一般的にいわれる「解像度」は高い。KANNでDSD64を聴いた際の解像度に微妙な不満を持っていたが、SP1000Mで聴くと完全にこの不満は解消された。管楽器や独唱が音を響かせている後で微かに鳴っている弦楽器のpの刻み、フルートやオーボエが弦楽器や独唱に小さく重ねる僅かな音もクリアに聞こえて楽しい。こうした観点から、SP1000Mで聴いてみて楽しい録音として、沼尻竜典・都響の近衛秀麿編曲「越天楽」である。笙のようで笙ではない弦楽器の音など、解像度の高さがあってこそ楽しめる*3。
こうした解像度の高さは何もDSDやハイスペックなPCM音源、あるいはそもそもきれいに録音された音源のみならず、普通のCD音源や、ノイズの多い古い音源を聴く際にも役立つ。最初はあまり解像度が高いと、ノイズ部分もはっきりクッキリ美しく聞こえるのではないかと妙なことを考えたが、実際はそうではなかった。古い音源で、環境によってはノイズに埋もれてしまう微細な楽器の音もきちんと再生してくれる。
解像度が高いからこそ、前述の優しい傾向のフワッとした音が活きてくるといえるだろう*4。
7.4高音や低音
高音は伸びが良く、強くなってもキツさがない。上質の絹やベルベットの手触りようなという月並みな表現がしっくりくる音である。特に、バイオリンや高音成分たっぷりのピッコロ・トランペットの音はいつまでも聴いていたくなる。
低音はもう少し評価が分かれるかもしれない。大太鼓やオルガン、コントラバスの強奏はズンと腹の底から響いてくれるのだが、割とあっさりと音が引く。個人的には、あまり長く低音の響きが続くと次の音が濁るというかぼわんとして好きではないので、このくらいあっさりしている方が好きである。ただ、低音がズンドコと響いた方が楽しい類の音楽があるのも事実で、そうしたジャンルが好きな人には物足りないかもしれない。
8.イヤフォンなどとの相性
前述のとおり、N5005を主に使っている。そのほかに、少しだけK812、Meze 99 Classics (Walnut Gold)とFinal Sonorous vi(いずれもMezeの2.5mmバランスケーブル)も使ってみた。聴き比べてみた結果、N5005が抜群の相性の良さを示した。
ほかには、Sonorous viも結構相性は良かった。元々、じゃじゃ馬のようなヘッドフォンで、左右が少しでも乱れているとものすごく雑に聞こえるのだが、SP1000Mではしっかりと固定された音になっていた。
他方、99 Classicsはイマイチ相性が良くなかった。このヘッドフォンは、全体的にはクリアだがうまく音を「丸める」傾向があって、音楽番組の視聴などの際にアンプを通して聴くのに重宝している。ただ、SP1000Mと合わせると、これが災いとなるのか、繊細さが失われてどうにもチグハグな感じになってしまう。
K812は音の傾向としては非常に相性が良いが、音場は据え置きで使っているアンプと比べてやや狭くなる印象であった。まあアンバランスしかないし。
アンプの力を考えると、そこそこインピーダンスが高いイヤフォン・ヘッドフォンでも鳴らせるとは思うが、HD800あたりになると単独で使うのはキツいのではないかと思う。
9.おわりに
以上をまとめる。(1)サイズや重さはポータブルに最適で、携帯電話が軍用無線のようなサイズからポケットに入るサイズになった時代のように、現実的に使えるポータブル・オーディオになってきている。(2)バッテリーの「もち」はあまり良くないが、UIを含めて使い勝手は良い。真ん中の本体キーの意味不明な挙動以外、これといったトラブルはない。(3)音質はフワッと優しく、繊細である。解像度はとても高い。低音の評価は分かれうる。
全体的に私自身は大変満足している。ただ、音質面では、上記のとおり低音の鳴り方に加えて、SP1000Mの基本的な傾向である繊細で優しい音というのがその人の求める音であるかどうかで評価は大きく異なるだろう。
使っているうちに他に色々と湧いてくることもあると思うが、これで一応レビューは完成ということにする。